Trivia Line「前菜」

あなたの脳は「情報」を味わっている!

「美味しさ」とは、どこで感じているのだろうか?
いま一番ホットな医科学界の議論の一つとなっている
「美味しい」の研究成果とそのその深奥な世界を探ります。

「おいしいとは、舌の味蕾が感じる味覚です!」という、これまでの定説に待った! がかかった研究成果が、近年、相次いで発表され今一番ホットな議論をよんでいるようです。
「おいしいは脳がその大部分を判断している」という説。また一方では、「胃から分泌されるグレリンというホルモン」が発見され「胃こそ食の喜びの原点だ」と、大注目を集めて最新科学と自然科学の両面から「美味しさ」と「食」の再定義が始まっています。

「ヒトの脳はものを食べるとき、ちょっとしたことで簡単に騙される」という事実を実験を行い実証した、東北大学大学院文学研究科心理学教室・坂井信之博士が公表しています。
その実験とは、次のようなものでした。大学生を被験者として集め、かき氷のシロップを味見してもらいその味について尋ねたところ、赤色のシロップを味見した学生の大半が「イチゴ味」と回答し、緑色のシロップには「メロン味」と答えました。
しかし実際は、色を変えただけで中身は同じ香りのシロップでした。次に目隠しをした状態では、両方とも「同じ味」との回答が返ってきました。この実験では、味という味覚に関わるものなのにも係わらず、「視覚」が大きく影響しているという事実を見出しました。この現象は、太古の昔、ヒトはほかの動物が食べても大丈夫な様子を観察することでしか安全な食べ物かどうかを判断する術がなかった名残だそうです。

「味蕾」は味細胞の集合体を言い、舌の表面に2000~8000ほど分布しています。これらの味細胞には「甘味、苦味、塩味、酸味、うま味」の5つの基本味を感知する受容体があることが明らかになっています。また現在では、これらの研究から「味覚は味蕾が感じる」という定説が間違いであったという事実もわかってきたのです。東北大学名誉教授(口腔診断学)の笹井高嗣博士は、味覚障害の研究を続けてきた過程の中でこの事実を発見されました。
味覚とは、口腔の状態(入れ歯の具合や口内炎など)や内臓の状態に左右されるもので、味細胞からの情報が延髄を経て最終的には大脳に届きますが、その過程で、気分・感情・記憶、また臭覚・視覚・聴覚・触覚などの五感とも合体した情報として処理される「総合感覚」であることもわかってきたのです。

銀座 飛雁閣『Salon de Higankaku“News & Olds”』Trivia Line「前菜」①

1999年、日本人が世界で初めて「グレリン」という胃から分泌される「ホルモン」を発見し、その成長ホルモンの働きが、肥満や摂食障害に作用していることが解明されました。現在では、いままで見過ごされてきた「胃」という臓器の知られざる一面への研究へと進んでいます。このグレリンというホルモンは、空腹になると血液の中に分泌され、脳に届くと食欲が刺激を受けて空腹感を感じるという働きをします。また困ったことに、グレリンは食事をした直後からでも食欲を感じ易くする作用を発現して、肥満へと繋がるという危険性をもはらんでいるのです。このように食欲亢進やその結果としての脂肪蓄積などという余り嬉しくない働きも併せもっています。

2019年、このグレリンを発見した久留米大学の児島将康教授らの研究からグレリンがドーパミンと同様に、脳内報酬系に作用することがわかってきました。これらの研究成果から「胃は食の喜びを伝える臓器」としても一躍脚光を浴び始め、また一方では、

「運動へのモチベーション」を高める効果をも発揮することがわかってきたのです。

この日本発の大発見から20余年、フードテックを後押しする政府の支援を得て様々な産業界では、食の近未来像の研究・開発に向けてさらに鎬を削っています。

銀座 飛雁閣『Salon de Higankaku“News & Olds”』Trivia Line「前菜」②

今年、2022年の『ノーベル生理学・医学賞』を受賞されたスバンテ・ペーボ博士が所属するマックス・プランク研究所は、創立者のマックス・プランク博士自身もノーベル物理学賞を1918年に受賞し、これまでにペーボ博士を含めて38人のノーベル賞受賞者を輩出した世界最高峰の学術研究機関です。
このマックス・プランク研究所のローマン・ウィッティグ博士の研究が、大きな反響を呼んでいます。その研究とは「食を分かち合うことで、お互いの絆や愛を育むことが促進される」というものです。地球上の多くの生き物が食べ物を分かち合うのは血縁の家族に限られているにも関わらず、人間と同様の行動をチンパンジーもすることを発見しました。
それはこんな研究からスタートしました。チンパンジーが仲間と食べ物を分け合っているときは、仲間同士で毛づくろいしているときに比べて、2.5倍もの大量の「オキシトシン」が分泌されているというのです……。

オキシトシンは、別名「幸せホルモン」とか「愛情ホルモン」と言われ、神経伝達物質のセロトニン作動性ニューロンの働きを促進することでストレスや不安を軽減することが知られています。チンパンジーが毛づくろいするのは相手と触れ合うことでオキシトシンが分泌され、相手への愛情や信頼感が増すことを自然と理解していったからでしょうか。また、一頭で食事をするときと比べて、家族や仲間などと一緒に食事を分かち合うことで、オキシトシンは5倍も分泌するのだそうです。
楽しい食事の時間を夫婦や家族で、また親しい友人や仲間たちを誘ってもっと多くの機会をつくり一緒にしてみてはいかがでしょうか。ウィッティグ博士は、この研究成果からの結論として次のように語っています。「食を分かち合うことで、お互いの絆を強め、共に助け合って生きていけるようになります。食を共にするという仕組みや習慣をもつことは、人類の繁栄にとって非常に重要な行為なのです」と、最後に締め括っています。

*参考資料: 『香りや見た目で脳を勘違いさせる』坂井 信之・著 かんき出版
*参考資料: 『サライ』2019.5.23 「味覚障害はなぜおこる?」
*参考資料: 『Nature Communications』久留米大学・刊
「食欲を刺激するホルモン(グレリン)の謎を世界で初めて解明」